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SEP/2014

「30代で100%仕事をしたから40代でご褒美をもらえた」――“決めつけない力”が引き寄せたキャリアと結婚

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20代後半の女性たちがよく口にする、「30歳になっちゃう」という言葉。なぜ私たちはこんなにも30代になるのが怖いのだろう?
これからの人生について、一人であれこれ悪い想像をしてしまうから? それなら、少し先の未来を歩く先輩たちが、何に悩み、何に喜びながら30代を過ごしてきたのかを知れば少しは不安がなくなるかも。すでに30代を乗り越えた“40’sウーマン”たちが語る等身大の言葉に耳を傾けてみよう。
「30代で100%仕事をしたから40代でご褒美をもらえた」――“決めつけない力”が引き寄せたキャリアと結婚
PUDDLE株式会社
コミュニケーションデザイナー
加藤奈香さん(41歳)
1973年生まれ。1997年、株式会社トヨタエンタープライズ入社。イメージレディー『トヨタプリティ』24期を務める。2006年、株式会社ゼイヴェル(現・ブランディング)入社。社長秘書と広報を務めた後、三菱地所に転職。同社が立ち上げたエコッツェリア協会のメンバーとして、『丸の内朝大学』『丸の内SUPERCOOLBIZ』など数々の企画を手掛ける。2013年に結婚し、ご主人が経営する建築・デザイン事務所PUDDLEに参加。私生活では現在第一子を妊娠中

20代の計画性のないキャリアを経て
33歳で初めてOL生活を経験

私のキャリアって、計画性がないんです。中学生のころからスチュワーデスになりたかったのに、私たちが就職する年から採用が正社員から契約社員に変わり、定期的な募集もなくなって、私は突然目的を失ってしまいました。それでいくつか会社の面接を受けて、最初に内定を頂いたという理由で、トヨタ自動車のイメージレディの仕事に就くことに。自動車のショーや記者発表会などで人前に立ち、司会や商品説明などをするのが主な仕事でしたが、3年間の契約だったので、その後はフリーで結婚式の司会やレポーターをしていました。
こうして“しゃべる仕事”をしながら20代が過ぎていったのですが、キャリアを積むうちに、純粋にスキルだけで評価されないことに疑問を抱くようになりました。何しろ同じ仕事をしても、「元局アナ」という肩書きが付くだけで、その人のギャラが私の10倍になるような業界。仕事のモチベーションも下がってしまって、周囲の人に「転職したい」と相談してみたんです。すると幸いなことに、ITベンチャー企業の社長秘書をやらないかと声を掛けて頂けて、そのまま入社することになりました。それが32歳の時です。
とはいえ、この年齢までOL経験がないまま来てしまったので、パソコンもWordが何とか打てる程度。分からないことがあるたびに、友人たちに「どうすればいいの?」って一斉にメールを送って、一日中誰かに助けてもらいながら何とか仕事をこなしました。その後、「しゃべれる人が広報をやるべきだ」という社長の考えで広報室に移り、ようやくトヨタやフリー時代の「人前で話す」という経験を生かして仕事ができるようになりました。
ただ、この会社にいたのは9カ月間だけ。トヨタ時代の上司を通じて三菱地所の方を紹介して頂く機会があり、「うちに来ませんか」と誘って頂いたのです。私もこんなに早く辞めるつもりはなかったのですが……やっぱり、計画性がないでしょう?(笑)

まったくの未経験だった街づくりの仕事に
100%の力を注ぎ込んだ30代

「30代で100%仕事をしたから40代でご褒美をもらえた」――“決めつけない力”が引き寄せたキャリアと結婚
そして今度も、まったく未経験の仕事に取り組むことになりました。当時、三菱地所が「丸の内エリアから環境共生型街づくりを推進する」というビジョンを実現するために『エコッツェリア協会』という社団法人を立ち上げようとしていて、私もそのメンバーとして採用されたのです。そして私は入社早々、エコッツェリアの設立に関する業務全般に加え、三菱地所が運営していた『大手町カフェ』の経営も任されることになりました。

私は都市計画や店舗運営について何の知識もない素人ですから、それはもう大変でした。分からないことだらけで、最初のころは本当にしんどくて、こっそり泣いていました。それでも任されたからにはやるしかない。カフェの経営も黒字にしたいし、とにかく必死でイベントの企画を考えては、広告代理店に勤める友人に企画書を見てもらったり、上司や知人に「こんな企画をやりたいんですが、詳しい人はいませんか」とお願いして人を紹介してもらいながら、企画を実行に移すだけのスキルや経験を少しずつ積み上げていったという感じです。

翌年にはエコッツェリア協会が無事に立ち上がり、その後もいろいろな企画を実行しました。出勤前のビジネスパーソンに学びの場を提供する『丸の内朝大学』などが代表的なものです。最初は大変な時期もありましたが、「自分が必要だと思うことは何でもやっていい」という自由度の高いチームだったので、次第にこの仕事に夢中になっていきました。そして「経験の浅い自分が街づくりの専門家たちと対等に仕事をするには、100%の力を仕事に注ぎ込まなくては」と決めました。とにかくよく働き、同時によく遊んだ30代でした。

連載『40’sウーマンが語る「My life story」』の過去記事一覧はこちら

>> http://woman.type.jp/wt/feature/category/40swomanをクリック

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